「日本人の女の子が毎月に2人もレイプされる。」
「6/30、8/2に日本人観光客が襲われる。(一人は暴行、一人は身包みはがされる)」
これは、今から向かうシェムリアップの街(アンコールワットを見るための寝床)と、そこに行き着くまでのルートで起きた事件についての情報だ(後者は外務省発表情報)。
『地球の歩き方』でも、治安に関する現状や、対処について多くのページが割かれている。これを読んで「カンボジアはアンコールワットと犯罪の国」というイメージを持ってしまうのは、無理からぬことであろう。
こういった犯罪から身を守る手段として有効なのが、「団体行動」であるというのがシェムリに行こうとしているバックパッカーの共通認識であるし、「毎日運行」するカオサン発シェムリ行きのバスに、観光ハイシーズンでもないのに日本人が30人近くも集まるというのは、まさにそれを証明している。

ワゴン2台に分乗する日本人バックパッカーたち
朝七時出発。カオサンからのワゴンは予想以上にキレイで、エアコン・オーディオはかなりいいものがついていて、とても快適だった。
ハイウェイを走りだして1時間ばかりか、突然ワゴンが路肩に止まる。周りを見渡すと対向車線で事故が起きている。赤いワゴンが横転している。そして付近をさらに凝視すると、バイクに乗っていたと思われる男が倒れており、しかも片足がちぎれ、数メートル先に転がっていた。これには車内騒然で、安穏としていたムードは壊された。
再びワゴンは走り出す。ハイウェイは都市を抜け、風景は南国風になってきた。そもそも、我々は南国に来たのであり、都市はそういう感覚を奪い取っていたのであった。
また、途中で休憩した南国風の新しいレストランにおけるバックパッカー同志の楽しい会話は、これから襲ってくるであろう緊張や不安などからは大よそ縁遠いものであった。

タイ側の休憩所レストランにて
それからしばらくして、喧騒とした街に着く、いよいよ国境だ!
バンコク・カオサンから来たワゴンともここでお別れだ。
我々はバスから降りると、早速、多くの物乞いに囲まれる。「ハロー、ワンダラー」と近づいてくる子供は乳児を抱きかかえ、大人は足や手を失っている人達ばかりだ。
インドでこういった光景をいくつも目の当たりにしてきた自分であったが、多くの危険情報や、そんなに遠くない過去に起きた凄惨なポルポト戦争のイメージが渦巻き、暗い気持ちに成らざるを得なかった。
「ここがカンボジアかぁ、、」アンコールワットを象った国境ゲートを眺める自分の気持ちは期待感より少し不安感が上回ってきていた。
出入国審査の後、シェムリアップに向かうバスに乗り換える。タイからのバスとは雲泥の差の、土煙にまみれた汚いマイクロバスだ。このバスに男15人、女3人、日本人だらけのバスはポイペトを出発した。
ものの数分もするとアスファルトの道はなくなる。噂のデコボコ道にいよいよ突入した。
この揺れをどのように説明したらよいだろうか、ヒドイ時はロデオ状態で、尻が座席から連続的に浮き、ひじを壁にぶつけたり擦ったりで、とても安眠などできる状態ではない。そして、開けっ放しの窓から入る粒子の細かい赤い砂・・・鉄の匂いがするこの砂が体にまとわりついてくる。
自分は最後尾の角に座っている。激しく揺られるミニバス、寿司詰め状態の若い日本人バックパッカーたち。まだ見ぬ目的地・・・
しかし、考えてみれば若い男女が同じバスで目的地を目指す「修学旅行」のような状態に、何か懐かしさすら感じた。そして無限に広がる田園風景を見つつ、不安な気持ちは次第になくなっていった。
バスは未舗装の道をゆっくり進む。そして、休憩時間がいちいち長かったり、バスを修理したりで目的地には一向に着く気配がなかった。

休憩所で突然バスの修理を始める。ホントにどこか壊れてるの??
そして、辺りはどんどん暗くなっていく。6時ごろにはシェムリアップに着くという情報だったので、車内は「おい、大丈夫かよ・・・」という雰囲気に包まれてくる。
そして、次第に「今晩泊まるホテルについてどうするか?」という話で持ちきりになってきて、バス到着地点から、みんながそれぞれ泊まりたいホテルまで、こんな夜中にたどり着けるのだろうか?という疑問がみんなから噴出した。
そしてここで意外な情報が流れる。このバスがこんなにも安い(バンコクからシェムリアップという1日かかる距離がなんと70B=200円!)のは、ホテルが宿泊客を見込んでバス代の一部を肩代わりしているかららしいのだ。
そんな話はチケット購入時まったく聞かされていないし、そのホテルのおおよその場所を地図でみると、シェムリアップ中心部からは外れた不便そうな場所だったので、自分も含め多くの人間が俄かに憤慨した。
オレは、さっきから話していた大学生のコウジと、「俺達は断固拒否して違うホテルに泊まろう」と約束した。コウジと日本から一緒にきている3人も同調した。
そして、そういう話しをしていると、女の子2人組みが「ガイドブックにも載っていないホテルに泊まるのは不安なので、私達もついていっていいですか」と言い寄ってきたので、「うん、一緒に行こう。でもみんなカンボジアは未経験なんだから、自分の身を守るのは自分だよ」「キミの選択にオレは責任は持たないよ」とオレは答えた。
しかし、降車地からの移動方法に大きな不安があった。シェムアップにはタクシーがないとのことで、主な手段はバイクタクシー(バイクの後ろに2ケツする)しかない。
同志は女の子を含め7人いると言えども、バイタクだとそれぞればらばらになってしまう。しかも、到着予定時刻の夜10時に信用できないバイタクに乗るというのは危険すぎる。
未知の場所で、しかも暗闇。どこへ連れていかれるかわからないし、このような手口で、女性はレイプされ、男は金品を毟り取られているという噂もあった。
そしてオレは「みんなで暗闇を歩こう」という提案をした。7人いるし、大通りまで出られれば大丈夫だろうということになった。
時刻は9時半、ようやくバスは暗闇から電気のある街・シェムリアップに入り、自分は聞いていなかった「そのホテル」に到着した。
しかし、ここでちょっとしたどんでん返しがあった。先ほどから疲労が隠せない様子だったコウジがここに泊まると言い出したのだ。「結果的に裏切る形になって申し訳ない」という言葉に僕も納得した。
そして先ほど一緒についてくると言った女の子2人も、傍にいないので見渡すと、流しのトゥクトゥク(二人のり)に乗っている。聞くと自分達が泊まりたいホテル(タケオゲストハウス)に直接行ってくれるからということだった。
いくら女2人とはいえ、こんな時間に知らない道。もしも彼が悪いドライバーで仲間のところへでも連れて行かれたら・・・と想像したが、自分達は止めることができなかった。「これはそれぞれの旅なんだから・・・」と思いつつ、彼女を見送った。
自分はそれほど疲労もなく、そして今回のバスツアーに説明が無かったことに憤慨していたので、ひとりでこの暗闇を歩くことにした。
そうすると、二人旅をしているオーケンと、ター君が賛同してくれ、共に行くことになった。そしてさらに、出発時からひとり暗くぽつんとしていて、少し気持ち悪がられていたい無口の暗そうな男の子に「ぼ、僕もついていっていいですか」言われたので、「好きにしたらいい」オレは答えた。そうして彼は僕ら3人の三歩後ろを歩き、ついてきた。
緊張しながらも、大丈夫と言い聞かせながら暗闇を進むと明るい通りに着く。やった・・・これで大丈夫だ。

3人で宿をどうしようかと話していた自分達は、結局、ツアーが組みやすいとか、色々便利らしいということで、タケオゲストハウスに泊まることにした。
が・・・
そこに先ほどこのゲストハウスに行くと言った女の子2人が来た様子はうかがえなかった・・・まさか・・・
そう考えつつも、どうすることもできず、部屋に入りバックパックを下ろすと、どっと疲れが出た。
シャワーを浴びる。
すると、赤い土ぼこりにまみれた髪からは、ピンク色に染まったシャンプーの泡が流れ落ちた。
【オマケ:シェムリアップという街】
アンコールワットを観光するため滞在する街・シェムリアップは、実際に行ってみると、ガイドブックに載っているような危険な街では全然なかった。そればかりか、偉大なアンコール遺跡群が密集しているだけでなく、素朴なアジアの風景がそこかしこに見受けられる、観光地としてとても魅力のある街だ。
しかし、この文章のような過度な不安が、みんなの中に当初あったのは事実だし、海外旅行10年ぶりの自分も、最初はかなりの警戒心があった。
日本人女の子からレイプされたという報告があるのも、ウソではないようだ。
しかしその真相は、旅で浮ついた気持ちでいる女の子が、安易に現地の男の子に声をかけ、友達のつもりで自室に引き入れた結果そうなったというケースがほとんどらしい。どこかに強引にさらっていって暴行に及ぶということは希なことらしいのだ。
街の北側には、タケオゲストハウス、チェンラゲストハウスという日本人が常宿としている1泊3ドルくらいのゲストハウスがあるので、旅行オフシーズンでも20人以上の日本人がたむろっている。
そこで、友情が出来、いろいろな話をするのはとても楽しい。「20代の修学旅行」という独特の感じの雰囲気が味わえるのは、とてもいい。日本人が集まるところを避けて通る日本人旅行者も多いが、僕はどっちもアリだと思っているし、気分によってそれを使い分けている。
一度どこかの街であったヤツに、違う国で2度3度再会する・・・それはバックパッカースタイルの旅の、ひとつの楽しい事件だ。
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