アジア旅行記 【2】 2003年8〜9月
かわいい息子には旅をさせよ!(フエ)
 旅も残すところわずか5日。

 これまで驚きと興奮の連続だった・・・「旅の中にいる自分」への不思議な感覚・・・

 しかし、旅が始まってから20日くらいたった今は違和感がない。旅が当たり前になってきた・・・・「オレの仕事って旅だったんだ・・・」こんな感覚に陥るくらいに・・・

 10年ぶりの海外旅行である自分には、この状態になるまで多くの時間を要した。



 初めてカオサン来たとき、大勢の欧米人がカフェでハンバーガーを食べたり、オレが大嫌いなアメリカのバカ映画やドラマを見たりしているのを見て、「こいつらバンコクに何しに来てんだ?ボケぇ」と思ったが、しばらく経つとその意味が十二分に理解できた。

 そして、日本人ばかりが泊まる安宿で、日本の漫画をずっと読んでる奴。これも最初は「こいつら、何しにきてんだ?」と思った。

 しかし、こんな思いもフエのホテルで旅慣れた若者たちと話しているうちに氷解した。

 しかし、こういった心持ちになるには、多くの旅の時間、数多くの渡航経験、そして、「今回行けなくてもまた行けるだろう」という余裕が必要だと思う。

 ガイドブックなんか持たずに、宿で情報収集しつつ、次への目的地を決め、次の街、次の国を目指す。

 そしてまったりしたければ、日本人宿に泊まり、稲中やゴリラーマンを全巻読み直す・・・

 そんなスタイルの旅をもっとしておけばよかったなぁ、と今更ながら思った。


 今回泊まったビンジュオンホテルで会った若者たちは、旅慣れたいい奴ばかりだった。そして、彼等のほとんどは「猿岩石後」に大学生になった世代だ。だから、21歳にして長期旅行の経験が6度なんていう奴もいた。

 僕が始めてバックパッカー旅行をしたインド・ネパール旅行は19歳の時で、「猿岩石前」だった。周囲にそういうことをするヤツもいなかった。

 ここいるヤツらは、「それぞれの旅だから」ということを十分わかった、一定の距離を守った接し方をわきまえている感じがした。日本人ばかり集まって、派閥を作ったり、仕切ったりするやつの言うままずっと流されていく・・・なんてナンセンスなことはしない。


 バックパッカーをしていると、様々な種類の日本人と出会う。こういうナイスガイもいるかと思えば、アジア旅行に来たものの、ビビってしまい、旅をしてはいるものの日本人宿から日本人宿へと転々とするというヤツも希にいる。ひどいヤツになると、何かの理由をつけてと金魚のクソのようについてくるヤツもいる。

 また、海外ひきこもりとも言うべきか、観光をするわけでもなく、バンコクなどの安宿に長期間滞在しているヤツもいる。パスポートを見ると、ビザ延長のための移動しかしていないのには驚かされる。

 こいつらは新しい生き方をしているというか、新種と言えるかもしれない。しかし、能動的に事を起こすことを拒否している、もしくはそれに恐怖を覚える人間は、どこに居ようと、ひきこもりと言えるだろう。



 旅は観光地を巡るだけのものではない。旅行者も含めた色々な人の生き様や考え方みたいなものに触れるのも醍醐味だと思う。

 渋谷の街で、見知らぬ人に声をかけるなんてできないが、旅行ではそれが簡単だ。辺鄙なところへ行けば行くほど、「こんなところまできた同志」という共同性が生まれ、夜遅くまで酒を酌み交わすなんてことはよくある。

 「人間はそれぞれ、自分が皮膚をまとっているのと同様に、自分の意識のなかに嵌まりこんで、直接には自分の意識のなかだけで生きているにすぎない(ショーペンハウエル)」

 自分は自分しか見えない。だから、人がどう考えているか、僕はたくさん知りたい。

 長い旅・・・学生はするべき、いや、行かなければならない!

 コミュニケーションスキルが低いと言われる昨今の若者・・・(自分も高いとは言えないが)、バックパッカー旅行というのは絶好の修練のチャンスだと思う。


 大学生になった息子へのプレゼントはバンコクへの片道キップしかないな・・・。

 こんなことを考えている自分であった。


ビンジュオンホテルでまったりする日本人たち


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