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今井絵理子の明日はどっちだ。


元SPEEDの今井絵理子が歌う『in the Name of Love』が売れているそうで。
“Eriko with Crunch”で数枚のシングルをリリースしたものの、少なくとも“元SPEED”という看板から期待されるほどにはパッとせず、今回とかげの尻尾を切る様にして完全ソロ化した訳ですが。これがうっかり売れてしまっている現況、Crunchの皆さんの浮かぶ瀬は全く無くなってしまった、と言って良いでしょうな。あぁ、最年少13歳のさちかちゃんは今後どうするんでしょうか。折角デビューしたと思ったらすぐに使い捨てとは気の毒に。ま、所詮は“With”扱いだったってことでしょうか。南無南無。

しかし、この曲を聴いている限りでは、今井絵理子の今後の展望は今一歩不透明な感じが致します。確かにキャッチーでポップ(<死語)な曲調は耳に残りますが、同時に、今井絵理子の持つ2つの不安要素が思いっきりてんこ盛りな楽曲でもある訳で。上原多香子のSPEED解散後における、
「あぁ、キミはそういう方向性で行くのね、まぁ頑張りたまえ」
とでも言いたくなるような明確な活動指針が全く見えないのは、かなり痛い処なんじゃないでしょうか。“とりあえず1曲売ってこれまでの投資を回収しておこう”的な場当たり風の売れっぷりが気にかかります。

で、今井絵理子の2つの不安要素なんですけども。
まず1つは、その声の潤いの無さ。
一生懸命唄っているんだろうし、耳を覆うほどヘタという訳でも決して無いんですが。どうにもこうにも、特徴が無い、惹きが無い。よく“ハンドルのあそび”などと言いますが、声質に揺れと遊びが無い分だけ、ストレート過ぎて何度も聴いていると飽きる声なんですな。古い喩えで恐縮ですが、ちょうど“花の中3トリオ”における森昌子のような声、とでも言いましょうか。おせじにもウマイとは言えないが声にとんでもない引っかかり(=特徴)を持っていた桜田淳子と、なんだか独特の雰囲気で圧迫感を周囲に与えつづけた山口百恵に挟まれて、とりあえず『せんせい』をヒットさせた森昌子・・・って感じ。
かつて、音痴アイドル全盛時代の頃は、
「レコードと同じ様にライブでも唄える」
ということが完全に美徳として扱われていた訳ですが(これはつまり、何テイクも録音した上で音程の外れていない部分だけをつぎはぎして修整してレコード化した完成品は、二度とその歌手の喉から同じ品質のモノを聴くことは出来ない幻の品である、ということですな)。
今井絵理子は、
「何度でもレコードと同じ様に唄うことが出来る」
ということが美徳とされる世代の、ある意味最後の遺物と言ってもいいんじゃないでしょうか(ちなみに、この同類項に今正に含まれようとしているのが小柳ゆきなんですが、そこまで話広げちゃうと収集付かなくなるから今回は省略<っていうか、小柳ゆきってワタシ的にはちょっとツボが多過ぎ。彼女を語るだけで日記3日分の分量が書けそうだ)。
いつ唄っても何を唄っても同じ様に聞こえる今井絵理子の声質は、そのキャラクターに合致したものを1曲ヒットさせるには向いているかも知れません。しかし、“今後の展開”という意味においては、大変に心もとないのではないでしょうか。壮大なバラード唄うには迫力が無いし、艶が無いからセクシー路線も無理だし。で、とりあえず自家薬篭中のダンス系でぽこっとヒットを飛ばしたはいいけれど、今後もずーっとダンス系だと、絶対にリスナーから飽きられるし。

もう1つの弱点。
あぁ、これはもう完全に主観の世界でもあり、更に言えば「おめーが人のことをどうこう言えるのかよ!」と叱られたらもうヘコヘコとアタマを下げる他は無いのですが。
今井絵理子って、今井絵理子って、
            唄ってるときの姿形が可愛くない。
例えば。
唄ってる時のaikoって、かなり可愛いですわよね。『ボーイフレンド』のクリップのサビでマイクを倒しつつ身体を動かしていくシーンは、映像だけでも充分魅力的な雰囲気が伝わって来ます。それから、安室のクリップにしばしば出てくる、“伏せた瞼をゆっくり開いてカメラを見据える”というカット。これなんぞも、曲はどうあれちょっと魅力的だったりしますわな。椎名林檎がナース服着てマイクをしゃぶる様に熱唱していたシーンなんてのも、実に鮮烈でイカしておりましたが。
あぁしかし、『In The Name of Love』のサビの部分、ノースリーブの迷彩風コスチュームに身を包んだ今井絵理子が肩を怒らせながら熱唱するシーンは・・・
「これってPVとしてOKなのか?」
と思うような×××(<人の事は言えないので自粛)でございまして。これはもう、演出云々の問題では無く、今井絵理子本人の“映像映え”の問題なんじゃないか、と。
唄ってる時に無理に笑顔を作ろうとするのがいけないのか、ちょっと声を張ろうとすると顎がすぐに上方斜め45度を向いてしまうという“SPEED時代の職業病”的条件反射がいけないのか・・・とにかく、こんな事を言っちゃなんですが、どうも彼女は唄ってる時のビジュアルが今一歩。こう考えると、HITOE'S 57 MOVEの『I・NO・RI』(既に皆様お忘れでしょうか、新垣仁絵のソロプロジェクトですな。PVのあまりの格好良さに、「あのヒトエが!」と全国が引っくり返ったという伝説の1曲)って本当に良く出来てたんですが、ある意味仁絵ちゃんって意外と映像映えしてたんかなぁ、なんて思ったりする訳で。例えば、今井絵理子がこの『I・NO・RI』のビデオを完全にコピーしたとしても、その先天的外見資質の差にもかかわらず(<凄く遠回りな表現を使用している事をお許し下さい)、仁絵のクリップほどには格好良くならないであろうことを思うと、やっぱり今井絵理子のビジュアル面での弱さは覆うべくも無い訳で。

で、昨今あちこちの音楽番組で流れている『In The Name of Love』を聴く度に、何故か意味も無く寂しい気持ちになってしまうワタシなのであります。

一方。
“元SPEED”内で敢えて当て嵌めるならば、山口百恵(<あくまでも“花の中3トリオ”時代の。菩薩になった山口百恵の意味ではないので区別・注意)的な声質を持つのが、hiro。
あの年齢でヨゴレ系、というワイドショー的バックボーンも手伝って、新曲『Treasure』では、独特の艶のある声が更にパワーアップしている訳ですが。これがねぇ、巷間噂される“事務所の嫌がらせ”もさもありなん、という仕上がりなんですわね。
あの曲調なら、hiroのヨゴレ系声質(<これはあくまでも誉め言葉。昔、上野千鶴子が松田聖子の歌唱法を評して「あんなのまるっきりアノ声じゃない」と喝破したことがあるんですけども。職業歌手というのはとにかく自分の歌を売らなくちゃいけないんだから、音程があってその上でそういう“ヨゴレ”な特性を声に纏わせるというのは、立派な営業努力)を最大に活かした格好で製品化した方がいいと思われるのに、どう考えてもボーカルトラックの音量が弱過ぎる。特に、サビの斜め斜めに上下する不安定なメロディラインなんて、hiroの声を際立たせる絶好の武器にもなり得る筈なのに・・・、何故かリズム隊に埋もれてるんだよね、ボーカルが。あれはどうして?やっぱり、
「沖縄に帰って小料理屋をやりたい」
なんてワガママこいたhiroへの嫌がらせ?

ミックスがおかしいといえば、売れに売れているMISIAの『Everything』。
先日はじめてフルコーラスを聞いたんですが・・・どうもボリューム不足を感じてしまうのは、あれはやっぱり編集作業のせいなんでしょうか。『Escape』やら『陽の当たる場所へ』やらの、“ノリ”とか“グルーヴ”としか表現しようの無いリズム感は絶妙なのに、ああいう壮大な曲だと、どうしても今一歩物足りなさを感じてしまうんだよなぁ、MISIA。そういえば、『忘れない日々』の時にも、
「ヘタじゃないのに、どうしてこう広がらないんだろうかこの声・・・」
と苛ついた覚えが。
奥行きはあるのに幅が無い、っていうんでしょうかね。なまじ独特の味も情感もあって声量もそこそこなだけに、圧倒的な重量感不足(細いからね、MISIA)が却って唯一の瑕疵として際立ってしまう、という気が致します。まぁ、だからといって森公美子が歌えばいいってモンでも無い訳ですが。
それにしても、両手を広げて
♪You're Everything〜♪
と熱唱するMISIAさんを見るたんびに、
「あぁ!だからそこでボーカルもうひと伸び!ひと広げ!」
と唸ってしまうワタシ。今回はコーラス部分も壮大なだけに、せめて製品版ではもうちょっとMISIAの声を全面に出してしまってもよかったんじゃないかなぁ。

最後にチビネタ。
ジュディマリの『MOTTO』。
♪もっともっと〜愛をもっと〜♪
と聞くたびに、
♪だ〜いすき〜だから、笑ってよ〜♪
と繋げてしまいたくなるワタシって間違ってますか?あのサビ絶対似てるよね、『今すぐKiss Me』に<本当はこれが1番書きたかった。



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