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そもそもテレビにおける渡辺いっけいは、「エクスキューズのある中間管理職」を演じさせたら抜群に巧い。 「実は悪い人ではないんだけれど、どうしても上の立場の人々にはおもねってしまう」(『天国に一番近い男』) 「いいヤツなんだけれど、どうもお調子者で周囲を困らせる」(『天気予報の恋人』) 「根は優しいんだけれど、仕事第一のあまり、その優しさが表に見えるところで発揮されにくい」(『ロケット☆ボーイ』) 等々、ちょっと思いついただけでも、 「○○なんだけど××」 というキャラクターをそれは数多く演じているいっけい氏である。 もちろん、「根は○○なんだけど・・・」という性格設定は、それそのものがドラマに厚みを持たせやすい、いわゆる“使い勝手の良い”キャラクターであるだけに、いっけい氏に限らずあまたの“お仕事”系ドラマにはこのテの中間管理職が溢れている。しかし、 「○○なんだけど××」 というこの微妙なエクスキューズの部分を、(たとえ科白や出番が少なかったとしても)視聴者に対して充分に、それでいて嫌味無くあざとくなく表現して見せる技量において、ここ数年の渡辺いっけいは明らかに抜きん出ている。 もちろん、いっけい氏の凄みは、「いくらテレビで何をやっても、舞台に乗るとからりとその位相(フェーズ)を変えてみせる」という処にもあるのだが、とりあえず今回はそれは脇に置いおこう。渡辺いっけいは、現在のテレビ界においては、実にパワーのある(そして使いやすい)“中間管理職役者”なのである。 そんないっけい氏を“悩める中間管理職”という絶妙のポジションに据えての『救命病棟24時』が、18日に最終回を迎えた。 そもそも、このキャラクターを、エクスキューズもへったくれも無い正調一本槍の“ヒーロー”である進藤一生(江口洋介)にぶつけるというキャスティングが素晴らしい。 いっけい氏が演じたのは、 「熱い心で救命病棟や命をめぐる“正論”を愛しているのだけれど、愛する医局を守るために院内の様々な政治にも頭を振り向けなければならない」 という矛盾に悩む医局長であった。 時に応じて上に刃向かいつつも、下の不満や動向を吸収して食い止める役割も担わなければならない。その上、自身も激務の中で心身共に疲れ果てていく医局長、小田切。彼の惑いをメインに据えた回も確かにあったのだが、いっけい氏は、自身がメインではないどの回においても、実に的確にその複雑な辛さを表現し続けた。毎回メインキャラクターが変わる群像劇の中で、一貫して複雑なキャラクターを見せ続けるというのは、意外かも知れないがそう簡単な事ではない。 大抵の群像劇の場合、メインから外れたキャラクターは、メインエピソードの周囲で(そのキャラクターとして)判りやすい類型的な行動を取る他、存在のしようが無い。どうしても短くなりがちな登場シーンの中では、 「いかにも○○がやりそうなこと」 をするより他は無いのである。下手に複雑な“何か”を台詞上でほのめかしてしまうと、メインのエピソードがぼやけるからだ。 ことにこの『救命病棟24時』は、独特の演技作法で見事な空気感を表出した小日向文世・その小日向氏と堂々渡りあい、抜群の度胸を見せ付けた田畑智子・“上昇志向の女”という薬籠中のキャラクターを軽やかに演じた松雪泰子・お笑い芸人の賑やかしとは明らかに一線を画する“演技”を見せた宮迫博之・真摯かつ慎重な演技で着実に認知度を上げ、今やすっかり若手注目株となった谷原章介と、タレントの宝庫であった。驚くべきことだが、誰がメインの回でも、脚本はもとより演技・演出のテンションが落ちる事は無かったのである。そういった、各回メインのキャラクターが見事にそれぞれのエピソードを牽引していく状況の中で、裏で静かに複雑な感情表現をキープし続けることは、並大抵の事ではない。 実際いっけい氏演じる小田切医局長も、 「毎回婦長とおやつを食べつつボヤく」 という“類型”シーンを与えられていた。凡庸な役者であれば、自分がメインのエピソードで無い限り、そのシーンでいかにキャラクターを立てるかのみに注心して終わってしまっていただろう。しかし渡辺いっけいは、あくまでも主物語に抵触しない範囲で、医局長の抱く葛藤をちらちらと見せ続けたのである。 もちろん、これだけの魅力的なキャラクター達を、複雑なパズルを解くように書きほぐしてみせた脚本は素晴らしかった。エピソードの中心となる人物が魅力的に見えるように、なおかつ展開にもさほどの齟齬をきたさぬように・・・と様々な知恵を振り絞って書かれたであろう脚本は、今シーズン1番の出来だったと言って良いだろう。 しかし、メインエピソードの隅できっちりとここまでの人物造型をしてみせたのは、やはりいっけい氏のパワーである。脚本で書き込み切れなかった(これは、脚本の咎ではない。充実した役者陣や時間的な制限を思えば、当然の事である)部分を、いっけい氏はちょっとした隅々に決して押し付けがましくなく見せ続けた。故にこそ視聴者は、回が進むにつれ、 「ところで、医局長の身体って大丈夫なんだろうか・・・」 と空気のようにぼんやり心配するようになって行ったのである。そして、その蓄積あってこその最終回の医局員の滂沱であり、視聴者の涙であった。いっけい氏がああまで緻密な演技をしたからこそ、 「実はドナーカードを持っていて」 という、それまで台詞上では大した伏線も無かった筈の設定も視聴者皆の心中にすんなり入ったのだし、いっけい氏が“医局の中での小田切のあり方”を常に念頭に置いた演技をしたからこそ、“小田切医局長がいない医局”の深い喪失感があそこまで膨れ上がったのである。 最終回の直前、こんなシーンがあった。 あくまでも営利を追求する教授に対して、ヒーロー進藤(江口洋介)は正面から反旗を翻す。それは見事に「ヒーロー」のスタンスであり、もちろん彼の述べる言葉は正論だ。しかし、彼よりもう少し大人でありまた政治的でもあるヒロインたまき(松雪泰子)は、 「あなたの正論のおかげで迷惑をこうむる人もいる」 とやんわり進藤に告げる。たまきの言葉に、進藤は小田切の元へ走り頭を下げるが、そんな進藤に小田切はこう言うのだ。 「君は優秀な救命医だけれど、いつか僕と君とは対立することになるかも知れないね」 と。 持って行きようによっては、 「最終回の軸は、進藤と小田切の戦争か」 という興味を掻き立てることになるこの台詞を、いっけい氏は決してあざとくない、それでいて見事に強い哀しみに乗せて、口にして見せた。このドラマを初めて見た視聴者にも、 「この人は、本当は対立なんてしたくないけれど、守るべきことのためにあんなことを言っているのだな・・・」 とはっきり判るように。無論、それ以前からこのドラマを見ていた視聴者は、これまであたかもサブリミナル効果のように目にしていたいっけい氏の演技を改めて思い起こし、“小田切”の深い苦悩に想いを至らせることになるのである。 この類の演出は、特にサスペンスドラマやお仕事系ドラマにはよくあるパターンだが、それだけに、演者の匙加減一つでとてつもなくお寒いシーンにもなりかねない。心を籠め過ぎればわざとらしくなり興を削ぐし、さりとて奥に潜むものが軽すぎてもその意が伝わらなくなってしまう。このシーンは、まさにいっけい氏の真骨頂であった。 ちなみに。 某テレビ雑誌の今クールドラマ評価では、最終回スペシャルどころか夏ドラマの先陣を切るように粛々と終了した『できちゃった結婚』の阿部寛が、助演男優賞を手に入れた。確かに阿部寛はいつも通り頑張っていたと思う。しかし、阿部寛が演じたのは、あくまでもドラマの脇役であり、主に話を引き伸ばすか引っ掻き回すか、という役回りであった。 物語のヒーローの実質的な対角に立ち、ストーリーを“助けて演じた”男優として受賞に真に相応しかったのは、やはり渡辺いっけいだったのではなかろうか。 以前からこの賞には、 「最終回放映前に投票が終了する」 という問題点が指摘されてきたが、今回は“涙の最終回”を抜きにしても、やはりいっけい氏だったのではないか・・・という感が強い。しかし、ファン投票も含めた票の配分の中では、なぜかいっけい氏よりも上に宮迫が入っている始末である。 ザ・テレビジョンのドラマ賞、そろそろ考え直す時期に来ているのではなかろうか。 |