|
個人的に、本年は観劇強化年間でして。目標は、とりあえず月1本ペース(<それで強化か?)。ええと、木・金曜のソワレと土・日のマチネであれば大抵は時間が取れるはずです。演劇(ミュージカルを除く)のお誘いもしくはチケットの斡旋、随時受け付けておりますので宜しくお願い申し上げます<ムシ良すぎ。 さて、そんな訳で今年3本目(ステージとしては4ステージ目)の観劇は、野田秀樹演出・脚本、大竹しのぶ出演の一人芝居、『売り言葉』。 感想。 大竹しのぶはバケモノでした。以上。 高村智恵子を素材とした、野田芝居にしては珍しく全面的に非常に具体的な脚本。ギミックなし、メタファーなし、言葉遊びも殆ど無し。明るく闊達な智恵子が、光太郎との愛と交感の果てに病んで行く様を、圧倒的な一人芝居で見せ付けてくれました。 前回野田秀樹が自ら演じた一人芝居は、大体1時間半程度の上演時間だったんですが(しかも映像もふんだんに使ってた)。今回は、ほぼ2時間出ずっぱり喋りっぱなしの大竹さん。他人事だと思って好き放題やっている野田氏の嬉しそうな顔が目に浮かびますが(笑)、最後の最後まで声も動きも一切トーンダウンせずの見事さに、思い切り惹き込まれたワタクシでした。いやぁ、バケモンだ大竹しのぶ。 光太郎の描く“理想の智恵子”像に殉じるように命果てていく智恵子。がりりと檸檬を噛んで、トパーズ色の香気が立ちこめる中、最後に戻った正気の中で全ての愛を光太郎に注ぎながら、静かに静かに全ての機能を止めていく智恵子。そんな智恵子の姿にかぶり、日本が戦争へと乗り込んでいく事を告げるラジオ放送がけたたましく鳴り響いていく・・・。 どうも個人的には、このラジオ放送が蛇足だったような。確かに、“ラジオ”というのは、それまでも劇中で効果的に使われていたんですが。最後、 「東京市民!」 と痛烈に叫ぶ智恵子の声との対応だけでもう充分だったような気が。 野田秀樹の“クニ”に対する問題意識は良く判るんですが、例えば『パンドラ』や『桜』のような、作品と問題意識との見事な融合を見てしまうと、今回みたいな具体的なテーマには、この意識は蛇足と言うか“取って付けた”ような印象が残ってしまいます。 あれだけ美しい言葉を紡ぎながらも、その最愛の妻を五ヶ月も病院に放っておいた詩人。そんな夫の真実を忘れないでほしい、と告げる智恵子、つまり大竹しのぶの声があまりにも素晴らしく演劇的なだけに、どうしてもラジオの音声が邪魔で。でも、それを承知でなおかつアレを入れざるを得なかった野田氏の気持ちも察して余りある昨今の状況な訳ですが・・・。 しかし、『2001人芝居』の時も思ったんですが、表参道青山スパイラルホールは、やっぱりどう考えても演劇には向いていないんじゃないかと・・・。いわゆるイベントホールなんで、基本的に客席は椅子をずらずらと並べた格好。しかも、前方の列は段差が無いので非常に見づらいんですね。本日の私は、後方左手ブロックの、通路側から2席目。前の列のにーさんがパーマヘアだったせいで、ほとんど何も見えませんでした。ただその分、大竹サンの台詞のチカラをイヤという再認識できた、という利点はありましたけども。 客席には、渡辺えり子さん(何と私の斜め後ろでのご観劇。関係者席があんなに悪い場所だなんて・・・ある意味、シスカンパニーの誠実さを見ましたね、あたしゃ)、高橋克実さん、八嶋智人クン等。八嶋クンの隣には、エラい美人が座っておりました。間違いなく女優さんなんだけど、名前が思い出せない・・・。 それと、一つ気になるのは私の隣の席。客電が落ちてから着席、芝居が終わるなりカーテンコールを観ずに退席。タイミングの良さといい逃げるような態度といい、どう考えても関係者もしくは有名人だと思うんですが・・・例えば関係者だったとして、流石にカーテンコールの拍手までは省略しないだろう、と。そうすると、あの席に座ってたのって・・・もしかして野田さん?ん?(芝居が始まった瞬間から舞台の上に集中しちゃって、隣の席なんて見る余裕無かったのよ・・・) |