|
似たような実力の持ち主が同じ土俵の上で争う場合には、たとえそれが実際の戦闘能力とは無関係であっても、何か突出した異能を持つ者こそが勝利する。 “13歳と27歳が同居するユニット”。 現在のモーニング娘。の異能はそこにこそあった(かつて“モーニング娘。”の異能は、「アイドルグループの癖にハモる」ことにあったが、新メン加入後その部分は完全に凍結された)。 中澤裕子がどのような経緯で脱退を(いや、卒業か)決意したのかは知らない。追い出されたのか、それとももうこれ以上やって行けないと自分で判断したのか。 しかし、中澤裕子を手放した時点で、“モーニング娘。”の“異能”のファクターは完全に消えた。これからの彼女達は、これ以前に星の数ほども誕生しては消えていった“可愛い娘ちゃんたちの集まり”と同列に下る事になるだろう。“モーニング娘。”は、中澤裕子を弾き出すことで、社会現象であることを、ひとつの文化であることを、自ら降りたのである。 15〜6歳という、少女性がもっとも輝く時期のメンバーに囲まれていながら、(失礼ではあるが)30に手が届こうかと言うゆうちゃんは、ルックス的にもかなり健闘していたと言っていいだろう。もちろん美醜は感性の問題だから異論もあろうが。しかし、『ロングバケーション』で、山口智子と当時出たての松たか子が並んだ時に 「やっぱり年齢って残酷」 と思わせたような悲惨さは、辻と加護に挟まれるゆうちゃんには無かった、と思う。 平均年齢が下がるごとに、苦労をしょい込んできつい目付きになっていったゆうちゃん。デビュー当時の可憐さ(ホントに可愛かったんだ!あのころの中澤裕子は!)から今に至るまでの顔つきの変化が、そのままゆうちゃんのこれまでの気苦労を表している様で、今にして眺め比べてみれば胸が痛む。どんどん尖っていく表情を隠しおおせなかったのは、彼女の根が正直だからかも知れない。 お疲れ、ゆうちゃん。ワタシも何だかどっと疲れた。これ以上旧メンが翻弄されるのは見たくない、というのと、既に“単なるアイドルグループ”に堕してしまった娘。にあまり興味を抱けなくなりつつある、という気持ちが、現在の正直な所かも。 さよなら中澤裕子、さよならモーニング娘。 |